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昭和の写真(暮らしと家族)

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[ 2011年 11月 16日 | No Comment | 1,356 views]
【外国人カメラマンが見た戦前の日本】-YouTube映像

アルバムの中の昭和というわけではないのですが、多くの日本の古い写真や映像は、ほとんどが外国人によって撮影されたものが大半です。
そんな中でも、動画はより貴重で、それらがけっこうYouTube上に公開されています。
今回の映像も、その一つで、とりわけ身分に関係なく、上は総理大臣から、下は町角や農家の家屋まで、多くの映像がまとめられていると感じました。
これだけうまくまとめられた映像も珍しいと思うと同時に、感動も覚えました。

それから、見ていて気づいたのですが、日本人の履物は、ほとんどが下駄でしたね。
舗装という技術が日本に無い時代は、道路は土でしたから、雨が多い日本では、高床式のような履物が似合ったのだと思いました。
貴重な昭和初期の映像の記録として、多くの人に見て欲しいと感じましたので、投稿します。

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[ 2011年 7月 2日 | No Comment | 1,124 views]
火鉢のある光景(昭和31頃)

昭和中期頃(昭和40年)までは、どこの家にも火鉢がありました。
田舎に行けば、囲炉裏がまだ見受けられたものです。
この火鉢に炭を熾(おこ)すことから、朝がはじまるのでした。
夜は、炭火を消さずに、灰を上にかけて、熾き火として残しておきます。
冬もコタツのほかは、この火鉢だけでしたから、ほとんどの人は寒さと冷たさで、シモヤケになったものでした。
でも楽しい思い出もあります。
それは、餅を焼くときです。
また、灰ならしというゴテと呼ばれるものがあり、それで波模様に灰をならして遊んだのも楽しい思い出となっております。
家の中にも、猫がいるのが普通で、この家の障子戸にも、猫の抜け道があるのが面白いと思います。

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[ 2011年 7月 2日 | No Comment | 3,219 views]
昭和31年頃の運動会応援席

山形県内の、ある小学校の運動会での、応援にかけつけた家族席の写真です。
グランド脇の草の生えた斜面が応援席でした。
当時は、何も楽しみがなく、学校の運動会は、町もにぎわうほどの大行事だったのです。
むしろやゴザを持ち、昼弁当や飲み物などを持ち、家族で応援にかけつけました。
昭和31年頃の写真ですが、おもしろいのは、ほとんどの人が風呂敷に包んで持ち運んでいたことです。
もんぺ姿も普通で、中には、着物姿も珍しくありませんでした。

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[ 2011年 7月 2日 | No Comment | 1,031 views]
兄の初めての里帰り

昭和40年頃の写真です。
高校卒業後、兄は山形から横須賀の海上自衛隊学校に入隊しました。
その卒業後、青森県の大湊に配属されましたが、その途中に里の山形へ帰ってきたときの写真です。
従兄弟で、同級生でもあったKさんの自宅前での写真です。
この写真には、思い出が強くあります。兄の話です。
横須賀から、東北の山形まで、この制服で汽車に揺られて来たそうなのですが、山形に近づくにつれて、この制服が目に付くのか、他の乗客からじろじろ見られたそうです。
兄は、自分が自衛隊員だという意識が強くなってしまい、変は格好は見せられないと思い、結局、10時間も立ったまま、座らずに山形まで来たそうです。
もちろん、わが家族も、いや、町内の人も、海軍服を着た人を見たことはなかったので、非常に珍しい思いで、兄を見回したものです。
責任感の強い、そういう兄でした。
その兄も、今はもういません。